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人生最高のゲーム攻略体験:横井顕&ホーク爺とのダビスタ&FF11冒険記

前回、YouTubeの攻略的な記事を投稿したら、わりとマニアックな記事にも関わらず、Twitter経由で1万セッションも記事を見てくれた人がいて、本当にありがとうございます。Facebook上の友人からも熱量の高いメッセージやシェアやコメントなどを数多く頂きました。その中でも、以前よりお世話になっている株式会社はてなでインターン後に、スタジオジブリで鈴木敏夫さんと共に働かれている佐藤譲さんから、初対面の時に話をさせていただいた、学生時代にダービースタリオン(以下、ダビスタ)の攻略で攻略本ライターにスカウトされたという話を覚えてくれていて、今回のYouTubeの攻略的記事を「『ダビスタ』の配合理論を解き明かそうとする安宅さんの姿が重なって、アツかったです!!」と紹介いただきました(お繋ぎいただいたのは、2年間近く一緒に開発合宿を共同開催していつも良くしていただいている「ボケて」他たくさんの有名プロジェクトを手掛けているイセオサムさんです)。

 

その紹介投稿をありがたく拝見して、ふだんあまり過去を考えたりもしないので、懐かしいなと思いつつ、そういえばダビスタの攻略も楽しかったけど、私的に人生最高の攻略体験をしたゲームって「ファイナルファンタジーXI(以下、FF11)」だったよなと、ふと思い出したのです。

 

書いているうちに楽しくなってしまって、長い思い出話になりますが、時間があるときによろしければご覧ください。

 

 

 

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「FF11」はシリーズ初のMMORPGで、「廃人」や「社壊人」という言葉を生み出すくらい、熱狂的な人気を集めていたゲームで、ダビスタのヘヴィプレイヤー界隈でもまたたく間に広まったのでした。その中心にいたのは、ダビスタPS版の時に最強馬の一頭としてあらゆる雑誌や大会で優勝しまくっていた「トレプチェット(父ブライアンズタイム・母父ダンチヒ)」の生みの親、ぎゃるそん氏でした。ぎゃるそん氏は、「FF11」でも一つ鍛え上げるのにも年がかりの苦行をともなうレリックウェポンを1人で2つ完成させるという離れ業をやってのけたのですが、ダビスタプレイの異常さを知っていた僕らからすると、「まぁそれくらいはやるだろうなぁ」という、遠く細い目で眺めていたものです。

 

そんな彼が定期的に主催していたダビスタ合宿で、「事件」は起こりました。全国から集ったダビスタ猛者たち50名近くで、山中湖の宿泊所で飲み会&ゲーム談義をして過ごすという、年1回の至高の時間。この宴に、あろうことか主催者なのに、「FF11」をみんなに布教するという会に切り替えて、「まだβ版だけどこれはめっちゃ面白いから一緒にやろう」的な強烈な勧誘をしてきたのでした。ただ、まだ誰も本格的な体験がしたことのないMMORPGの「FF11」のプレイ画面を観せられた時点で負けでした。始まりの街・バストゥーク共和国近くのツェールン鉱山でガルカという巨体の種族でミッションを行うシーンだったと思います。

 

(これは・・・面白そう......。)

 

貧乏学生の私は「FF11」を遊ぶためには、PS2本体とソフトと何万円もする外付けハードディスクを購入し、しかも毎月月額費用を支払うという出費に躊躇したものの、ダビスタマニアが薦めるゲームにハズレ無しということで、まんまと「地獄の沼」に足を踏み入れるのでした。気付けば、その会に参加していたけっこうな割合の人がUnicornサーバー(最盛期「FF11」の20個近くあるサーバーのひとつ)に集うことになるのです。

 

・・・

 

時を前後して、私はダビスタのセガサターン版で初出の配合理論、「考えた配合」というロジックをたまたま解き明かしてネットに公開したところ(当時は「さるさる日記」というところがダビスタマニアの巣窟で日記の上位を独占していた)、前述のぎゃるそん氏が目ざとく見つけてくれて、「これすごいじゃん、横井顕とホーク爺に連絡してみようか?」と、あれよあれよという間に、ダビスタ全国大会優勝で一躍有名になった横井顕(当時、ダビスタを遊んでいた人で知らぬ人はいない)と、鋭い攻略で圧倒的なセンスを見せていたホーク爺の2人に直接お会いすることになったのです。

 

ダビスタといっても、20代の方はよくわからないかもしれないので、かんたんに解説してみると、競馬シミュレーションゲームの元祖で、アスキーのいち社員だった薗部氏が個人でゲーム開発して作られたソフトです。競馬の世界、特に競走馬を生産し、育てて日本ダービーに勝つというような箱庭ゲームを楽しむものでした。ところが、ダビスタIIに「パスワード対戦*」の機能がつくと、公式で全国大会が開催されリアル競馬場で大会を開いたり、当時のもっとも流行っていたメディア=雑誌で日本全国からのダビスタフリークを集めた月間大会が開かれるようになったのです。

 

* ドラクエIIに復活の呪文という「冒険の書」データをひらがな何十文字に暗号化する機能がありますが、それを競走馬の能力データに応用したようなイメージ

 

余談ですが、薗部氏はダビスタで儲けたお金で本物の馬主になり、GII(重賞)を複数勝利する馬運にも恵まれて漫画になりそうな人生を歩まれています。

 

毎月雑誌についているはがきに”手書き"でパスワードを記入し、大会に応募するという、いまだとありえないUI&UXでも、毎月数万〜数十万頭の応募があったのです。今みたいにネット対戦がない時代に、自分が生産し鍛えた仮想の競走馬同士を競わせるという先進的な取り組みは、「ストII」のような対戦格闘とは別の意味で熱き戦いが行われ、その界隈ではむちゃくちゃ盛り上がっていました(参考までに、ダビスタの全盛期はソフト200万本、攻略本が100万冊も売れる化け物コンテンツでした)。

 

ダビスタは個人で完全箱庭ゲームで楽しむこともできたので、この記事を見ている人のほとんどの方は、ダビスタってそんな深いゲームだったっけ?という方もいらっしゃるかもしれませんが、実は開発者の薗部氏が毎作シリーズの最新作を作るたびに仕掛けていた「新しい謎=新・配合理論」を解き明かし、「その作品の最強馬」を誰が作るか、というゲーマーの猛者たちがこぞって戦いを挑む歯ごたえのあるゲームという側面も持っていました。

 

配合理論は、ざっくりいうと、さまざまな血統の種牡馬と牝馬の組み合わせ(当時でも数億通り以上はゆうにあった)をどう組み合わせると、ゲームシステム上最高レベルの競走馬が生まれるかというもの。ダビスタは開発者の薗部さんがゲームシステム全般をつかさどっていることもあり、シリーズを重ねてもベースは同じゲームシステムを採用されていました。

 

年々研究が深ぼられ、ダビスタIII以降くらいからは、配合の組み合わせによって、その組み合わせで生まれてくるスピードやスタミナといった能力のポテンシャルの上限が決まっていることは、周知の事実となってきていました。

 

種牡馬と牝馬の組み合わせが間違っていると、絶対に『最強馬』が生まれないため、新作が出ると、まずは配合理論をいかに早く解き明かす第一フェーズを全国の猛者達がこぞって攻略します。最初に新理論を発見したグループは、その理論の証明と最強馬の生産者という称号を得るために、「同じ組み合わせを何万通りもリセットし直すスロットゲーム」に挑む、肉体も精神も追い込む修行的な戦いを余儀なくされました。

 

私が生産活動に極限まで頑張っていたときは、朝起きて食事・トイレも時間がもったいないので実家の二階の自分の部屋から動かずに、だいたい2分くらいの同じルーティン作業を1日あたり何回できるか、2台体制でいかにミスをしないかみたいな機械のようなプレイをしていた気がしますが、あまりにも大変すぎて記憶が薄いです(注:ノンリアルタイムのただのシミュレーションゲームですw)。たぶんこのレベルの戦いをしていた人、全国を見渡しても当時ヘヴィなダビスタプレイヤーの巣窟とされたニフティサーブの競馬ゲームフォーラムの数百名以内だと思います。

 

閑暇休題。

 

横井顕がダビスタIIの全国大会で優勝した「シルバイオー(父リアルシャダイ・母父ホリスキー)」は『牝馬10代重ね』という、当時としては画期的な攻略手法を編み出した人物。ダビスタIIは、ゲームの仕様上、種牡馬と牝馬の組み合わせは3代目以降、牝馬が生まれる確率は1%となり(これは現実から考えると不自然な仕様なのですが、牝馬が延々と生まれるとゲームバランス的に牧場経営が楽になってしまうため、薗部神のご都合主義で決まった仕様と思われる)、ほとんどの人は4代目以降の競争馬など目もくれなかったのです。

 

ただ、横井顕だけは違う考えを持っていました。この1%の中に最強馬への道がつながっていることを見出し、公式販売している牧場データをセーブできる「ターボファイル」を駆使しながら、1%の確率を突き進めて牝馬を10代目まで生み出すのです。

 

普通はここで攻略を満足しそうなものですが、続けて横井顕は、『60戦無敗理論』という競走馬の能力値を極限まで高めてくれる理論も駆使し(かつこれ以上、戦績=勝利を積むと能力値がオーバーフローして最低馬になる極限状態)、ダビスタ初の全国公式大会で圧勝するに至ります。天才性をほしいままにした横井顕(『牝馬10代重ね』の時点で誰もライバルはいなかったのに、その後の『60戦無敗理論』は編み出さなくてもいい次元だったのが笑えるのですが、彼はそういう人なのです)。

 

続くダビスタIIIでは、界隈きっての理論派・ホーク爺が躍動します。ホーク爺が提唱した多重インブリード+安定C種牡馬を組み合わせた理論を「サイキョウクラウド(父ノーアテンション母父リアルシャダイ)」という初期最強馬が発売直後に生み出され(これだけでも1冊本が書けるんじゃないかくらいのドラマあり。生産試行回数わずか50回で生まれたミラクルな馬)、その配合理論の基礎をつくったのがホーク爺でした(本人も「スルーザナイト(父ノーアテンション・母父レインボークエスト)」という名馬を生み出した)。

 

競馬やゲーム雑誌上で、毎週・毎月のように横井顕とホーク爺が雑談や攻略情報をやり取りをしながら進む対談形式の記事に、当時中学生だった私はとても刺激を受けて、「俺はこの人たちを超える最強馬を作るんだ!」と、毎日、「最強馬をどう作るか」だけを考えていのです。当時、中学受験をともに戦った横山という友人とともに、毎週のようにダビスタ合宿を開いて、夢の『最強馬』の誕生を夢見ていたのでした。ほんまもんのアホです。中学で数学教師の杉浦先生だけが、ダビスタをプレイしていて楽しさを理解していてくれて、統計・確率の授業はダビスタを用いてグラフを黒板に描いていてニヤニヤしてた記憶があります。

 

毎日ゲーム雑誌や攻略本を食い入るように見ては(後に知るニフティサーブも月額料金もかかるのでお小遣いも足りず高校生まで入れず)、この雲の上の人たちにいつか追いつくために「最強馬」「最強馬」と頭の中で呪文のように唱えていました(男子校の中学生って各方面でこんなもんでしょうw)。ちなみに、数年前にダビスタがドリコムさんによってスマホ版アプリでリリースになった時に、縁あって繋がりができ、当時のプレイヤーを集めた回顧座談会を行うという企画をさせていただきました(この座談会は、私が起業する前に、企画やサイト制作の初期から数年間立ち上げに携わった競馬SNS「ウマニティ」に話を持ちかけて実現したこともあり、点と点がつながるってこういうことなのかと、ジョブズに敬礼したい気持ちになりました)。

 

さて、そんな横井顕とホーク爺とぎゃるそん氏に囲まれて、気がつくと、「君がこの配合理論を解いたと聞いているよ、有望だね」「そうだ、君の発見した理論はまだ誰も発見していないので、攻略本で取り上げてあげるよ」「しかるに名前を載せてあげるから理論を詳しく教えて」私「なんか良さそう」と、10代の若人は30代の悪い大人たちにそそのかされて、解いた配合理論のまんまとすべて明け渡したのです。その後しばらくその配合理論「考えた配合」を解き明かしたということで、「パジは『考えた男』だな」というおだてられ、色々と楽しいお店に連れて行ってもらい、多少ちやほやされた気もしますが、単に無償で攻略ネタを提供させるためにそそのかされたような気もしなくもないという楽しい思い出です(わざと悪く書いていますが、本当はあそこで攻略本に取り上げてくれたからいまの人生につながっていることを大変感謝してますw)。

 

そんなこんなで、雲の上の人たちと仲良くなった私は、当時アルバイトとして、ダビスタ以外のゲーム攻略もしているので手伝ってほしいということで、あろうことか横井顕とホーク爺と一緒に攻略本チームとして働く幸運を手にします。これは当時のダビスタを濃く遊んでいた人だったら発狂してしまうくらいの環境でしょう。

 

そして、ダビスタと並ぶ歯ごたえのある「Jリーグサッカークラブを作ろう(通称:サカつく)」の攻略本などを手掛けることになるのです。チームの強さを表す六角形グラフをすべて張り付かせるという、「サカつく」シリーズをひとつでも遊んだことがある人なら分かると思いますが、理論上到達できるか分からないまま、攻略本の帯に「六角形グラフMAXの画像を使う」という無謀なミッション。”山頂があるかどうか分からない山に登頂する”という10xもびっくりなチャレンジを4,5回ほど任命させられたりしました。いまなら、ゲーム攻略本業界のパワハラと訴えてもいいくらいのきつい仕事で、あとで時給で計算したら200円だったことも(笑)でも、現代みたいにプロゲーマーやゲーム実況YouTuberも存在していない中、ゲームで遊んで収入があるなんて幸せだったんです。

 

ちなみに、この「サカつく」の攻略本は毎回500ページ以上(800ページ超えも)もあり、本が縦に立って、もし殺人現場にあったら凶器として疑われそうな狂気じみたデータ攻略本でした。「サカつく」も毎シリーズ300年プレイする伝説の男との連携みたいな話もあるのですが、とても書ききれないので今回はスキップします。仕事でゲームして、家に帰ってゲームして、ランチや晩飯でも一緒にゲーム談義して、ひたすらゲーム漬けの日々を送っていました。

 

・・・

 

そんな折、あれはおそらく新作ダビスタの攻略本をファミ通(エンターブレイン)から出版されたあとの打ち上げで、隣りに座っておられた当時の攻略本担当の偉い人から「君たち、FF11遊んでいる?」と質問されたのです。すぐに「めっちゃ遊んでますよ」「おお、いいね。あれ攻略本作るの大変だから手伝ってよ」という話に。「FF11」の攻略では電撃(メディアワークス)が先行していて、某サーバーに攻略スタッフがいたりして人気を博していたのです。いまは同じグループの会社になってしまいましたが、当日のライバル関係であったファミ通も、「FF11」でも存在感を示したかったのかもしれません。その後、正式にオファーがあり、代表のホーク爺がふたつ返事で攻略に取り掛かることになるのです。ちなみに、この攻略本の仕事を受けたことで、この後3冊のFF11攻略本を手掛けるのですが、そのFF11の世界でも各ダビスタプレイヤーは、最強馬生産に必須のスキル「根気S」を多方面で発揮して、レベルカンストは当然で、HNM(ハイパー・ノートリアス・モンスター)狩りの精鋭集団を率いていたり、職人スキルもオールコンプリート(1キャラ1スキルでなく、10カテゴリすべての職人スキル)して、サーバー内でかなり有名になるくらいの情熱をぶつけていました。

 

ようやく本題へ。この記事タイトルにあるように、人生最高の攻略体験をしたと思えるのが、この「FF11」で最初に手がけた攻略本「ヴァナ・ディール研究白書 Ver.031111」です。

 

趣味でやり込むくらいのゲームだったので、ベースの気合が違っていたのと、あらゆることに時間がかかるMMORPGであったこともあり、攻略サイトでも研究しきれていなかった基礎的な部分の解明が行われてなかったことなど、複合的な要因があり、攻略をするには最高の環境が整っていました。そして、隣には最強のプロジェクトメンバー、横井顕とホーク爺。私たちが「FF11」で解き明かした謎はいくつかあるのですが、その中でも、いまだに忘れられないのが『武器にあるD値と攻撃力/防御力と実ダメージ値の関係』という、モンスターを狩る時の基本となる仕組みの解明でした。

 

「FF11」は、日本発で日本で最初に流行ったMMORPGということで、プレイ中にちょっと気を抜くと、「遊びでやってんじゃねえぞ」という怒られるくらい、真剣に狩りに取り組むプレイヤーが出たり、昼間に働いているのに、深夜4時くらいまでHNM=レア中のレアモンスターを狩るために見張りをしたりと、ライトにゲームを楽しむ一般の人には理解できない世界が繰り広げられていました(いまもそうなのかな)。しかも日本人的な発想で、「パーティに入ったら迷惑をかけない=適切な武器防具を装備しないと狩りに行けない 」という一般常識も広まっており、このレベルになったらこの装備は最低限揃える必要がある、というテンプレ装備が紹介されるありさまでした。

 

しかし、そんなみんなが本気に取り組んでいる状況にも関わらず、実は「武器と防具によって底上げされる能力がどのように敵にダメージを与えたりダメージを受けたりするか」は、誰も解明していなかったのです。語弊を恐れずおおざっぱに言えば、当時はなんとなく、数字上、強い武器と強い防具があれば良い、そんな感じでした。武器の説明にあるD値が高ければいいのか、攻撃間隔が短いとどれくらい与えるダメージに有効なのか、攻撃力はどこまで高めればいいのか、STRやDEXやAGIといったキャラクター能力値は、攻撃ダメージにどんな影響があるのか、そういった基本的な部分がわからず、FF11の武器・防具のマーケットでの価格も、その時代には「ふんわり雰囲気」で決まっていたのです。

 

「FF11」の『攻撃』に関連するパラメータを並べてみます。

装備する武器には、D値、攻撃間隔、攻撃力、命中率が付加されます。また、STR、DEX、AGIなどのキャラクター能力底上効果、キャラクターのレベルと職業と種族に応じて、ベースになる攻撃力が決まっています。

 

一方で、モンスターにはどんなパラメータが存在するかは未知数で、唯一の手がかりがモンスターを調べた時に出る、「とてもとても強い、攻撃の回避率、防御力、ともに高いモンスターだ」だとか、「練習相手にもならない。 攻撃の回避率、防御力、ともに低いモンスターだ」といった、粗いメッセージでした。だけど、この内部数値に基づくメッセージを手がかりに、各パラメータがどのように「実ダメージ値」に影響していくかを割り出すことになるのです。例えば、数値が1ずつ攻撃力をあげていくように武器・防具を装備していくと、どこかの地点でモンスターのメッセージが「防御力」についてのメッセージが消えるのです。これは、攻撃力と防御力が釣り合ったためで、この時の攻撃力の数値がモンスターの防御力と推定することができました。

 

攻撃力/コメント

250 (コメントなし)

249 (コメントなし) ←ここがモンスターの防御力

248 防御力高い

247 防御力高い

 

などなど、すべてを解説していると途方も無い量になるので、大事なエッセンスだけ切り出して解説します。狩りをする冒険者にとって、敵であるモンスターへいかに大きなダメージを与えられるのかは、「脳筋ヒャッハー」でなくてみんなが気になるところです。どのように敵へのダメージが計算されているのか、ここを丹念に実験を重ねて導いていきます。

 

例えば、当時のレベルカンスト・Lv75のキャラクターに、D値100の武器をもたせ、攻撃力が300ちょうどで、いろいろなモンスターに攻撃をしてみます。

すると、格上のモンスターAには、51,55,57,33,45,60といったダメージが戦闘ログで確認できます。格下のモンスターBには、192,165,217,180,161,201といったダメージが戦闘ログで確認できます(数値は記憶の中のイメージ、以下同)。同じ武器を持っていても、ダメージ値が違うのはなぜなんだろう。「もしかしてモンスターの防御力が影響しているのかも」と仮説を検証していきます。

 

装備を変えて、D値100の武器はそのままに、攻撃力を350にしてみます。手持ちの装備だけでは足りなかったので、味方の攻撃力をアップさせる吟遊詩人の歌を歌って足りない分を補ったりもします。今度は格上のモンスターAには、81,83,102,96,75,80といったダメージが戦闘ログで確認できます。こうしたログを地道にまとめていくと、また別の仮説が浮かびます。「もしかしてD値はダメージの基準値なのではないか」。

 

計算式でいうと、「D値xX%=ダメージ」

 

D値を基準として、「自分の攻撃力とモンスターの防御力の差がプラスの場合、D値よりも高く出やすく、マイナスの場合はD値よりも低く出る?」「でも、攻撃力と防御力の差は一定のはずなのにダメージ値にバラツキがあるのはなぜだろう」「もしかしたら、実ダメージ値の出現は正規分布になっているのかも」「STRを上げるとD値が底上げされている戦闘ログも出てきた」「自分のSTRとモンスターのVITの差は基準となるD値に影響しているのかも」などなど、確度の高い仮説の上の仮説を積み上げていき、このパターンのときには、これくらいの実ダメージ値が出るはずというシミュレーションができるレベルまで戦闘ログを整理し、検証結果をまとめていきました。

 

最後に、このダメージのロジック(計算式)をいかに分かりやすく読者に伝えるかで、3人は考え込みます。最後、入稿の締切はとうに過ぎて連日の徹夜で疲労し疲れ切った脳でこんな冒頭の説明をひねり出したのです。

 

”「FF11」におけるモンスターに与えるダメージは、抽選箱の中に数値が書かれたボールがたくさん入っていて、攻撃のたびにボールをひとつずつつかみとって、ボールにかかれていた数値が与えるダメージになるようなイメージだ。抽選箱に入っているボールの中身は、相対するモンスターと自キャラクターや装備によって、数値が高くなったり、低くなったりする。具体的にはD値/攻撃力/STRといった......”



圧倒的なひらめきで鋭く鮮やかなゲーム内容の解明をしたということではないのですが、(少なくともゲーム世界では)最高の知性に囲まれて、チーム全員で圧倒的な情熱を傾けることで解明した攻略によって、その業界が全体的によりアップデートされた(たぶん宇宙の謎を解明するとかの根源的解明の超ちいさい版w)という快感を得た体験でした。

 

こんな牧歌的な時代の中、全国を制した最高の相棒らとともに、情熱がほとばしるほどの徹底攻略を仕掛けた僕らは、僕らが日常を過ごし、大切な仲間がたくさんいて、最高に楽しんでいたその世界「ヴァナ・ディール」を1mmほどは動かしたかもしれないと思えるこんな体験は、人生で何度も起こることでもなく、今でも大切にしたい思い出のひとつです。